まほうのことば

小説の新人賞などに応募しています。本の話や創作の反省。黒田なぎさ

代体

 

代体 (角川文庫)

代体 (角川文庫)

 

 

再読。今回使えるかどうかはわからない。

使えそうなところ

・というか心は、負傷した生身の肉体から離れ、壁の内部に詰まった転送装置を経由して、代体の脳デバイスに送り込まれつつある。転送が完了すれば、加藤氏の心は代体を新たな乗り物として、日常生活にもどる。その間、主を失った肉体は治療に専念する。

 

まずもって代体の中枢を担う脳デバイスが保たない。デバイスに詰め込まれた人工ニューロン複合体は、いったん意識が宿って活動をスタートさせると、三十日を過ぎるころから機能が低下しはじめる。 臨床面からも、代体の長期使用は望ましくない。生身の肉体を脱意識状態に長く置きすぎると、意識がもどってきた後のリハビリが大変になるからだ。いかに定期的な電気刺激や栄養管理を徹底しても、筋肉

 

脳デバイスの各モジュールを構成する人工ニューロン複合体は、宿った意識が覚醒した瞬間から劣化が始まる。三十日間は日常生活に支障のないレベルを保てるが、意識が本体にもどり、ユニットからのエネルギー供給が途絶えると、劣化が加速する。いったん活動を開始した人工ニューロン複合体は、ただ維持するだけでもエネルギーを消費するからだ。脳デバイスの劣化が激しくなれば、たとえユニットにエネルギーが残っていようと、代体は十全に機能しない。だから佐山は、倉庫にあった使用済み代体をチェックするとき、ユニットのエネルギー残量とともに、

 

 

 ナノスキャン技術の発達により、ヒトの脳の働きがニューロン単位で明らかになったとき、研究者たちの次の課題は、脳の機能をコンピュータ上で完全に再現することだった。すでに当時、コンピュータの演算能力は、ヒトの脳のそれに匹敵していた。脳の仕組みが解明された以上、再現するのも難しくないと思われていたが、実際にやってみると、再現率は百パーセントに遠く及ばなかった。まだなにかが足りなかったのだ。本来、脳はデジタルとアナログの双方によって制御されている。デジタルに比べると、アナログは精度も効率も劣るが、脳と同じ機能を持たせるには、アナログ信号も厳密に再現する必要があるのではないか。その観点から、麻田ユキオは人工ニューロン複合体を開発し、それを用いた数百万もの微小モジュールから成る人工脳を完成させた。それが、現在も世界のスタンダードであり続けているアサダ型脳デバイスだ。アサダ型脳デバイスでは、脳の機能だけではなく、脳という器官そのものが再現されている。

 

 

代体に転送された意識は、視覚、聴覚、触覚によってのみ、外部情報を得ることになります。しかし生身の脳は、五感のほかにも、肉体からさまざまな影響を受けている。たとえば、各種の臓器から分泌される微量のホルモンによって、性向や感情が大きく左右され、それがまた肉体に作用を及ぼす。双方向のダイナミックなフィードバックこそが、脳と肉体の本来のあり方です。脳デバイスにもそれに近い機能はありますが、ホルモンの影響は受けません。すべてを支配するのは意識であり、意識のありようは脳デバイス内で完結します。この状態に長く置かれると、本人も気づかないうちに、意識が変質していくとされています」 御所が、なるほど、と受け止める。「ガインの意識も同じように変質している可能性が高いというわけですね」「なんといっても七年間ですから。しかも、ガインが脳デバイスの中にいたころは、代体はいうに及ばず、外部と情報のやりとりをする技術も完成していませんでした。完全に隔離された世界は、他者の存在しない世界、他者を認識する必要のない世界です。ガインは、まだ自我が十分に形成されないころから、そんな世界で過ごしたことになる。他者を認識してこなかった者に、他者を支配する欲望が根付くでしょうか。もしかしたら、いまもガインにとっては、本質的な他者、つまり、自分と対等であると認める他者など存在しないのかもしれない」