まほうのことば

小説の新人賞などに応募しています。本の話や創作の反省。黒田なぎさ

失われた過去と未来の犯罪

 

失われた過去と未来の犯罪 (角川文庫)

失われた過去と未来の犯罪 (角川文庫)

 

 ・『アリス殺し』の小林先生。

・前々から読もうと思っていたが、読めていなかった。思ったよりSFだった。

女子高生の梨乃はある日、記憶が短時間で消えてしまうことに気付く。この現象は全世界で発生し人類はパニックに陥った―。それから数十年。記憶する能力を失った人類は、外部記憶装置なしでは生きられなくなっていた。記憶=心が切り離せるようになった世界で「わたし」は何人分もの奇妙な人生を経験する。

 ・前半は、世界のすべての人間が10分くらいで記憶が消える話。同じシーンがえんえんと続いて、3歩進んで2歩下がるような状況だったが。もう少しテンポよく進んでも良かったと思う。
・中盤で時間が進み、混乱状態から安定期へ。各タイトルはついていないが、ほとんどオムニバスのようなもの。記憶の保存を外部メモリに頼るようになった人たちが起こすトラブル。
① ぶつかった男女。外部メモリが入れ違いになり、男が女で女が男で。

② 落第続きだった浪人生が、成績優秀な子のメモリを入れて受験へ。しかし一方が事故で亡くなってしまい……。

③ ふとしたことでメモリが入れ違いになった女性の双子。しかし本当は、コピーされた人格が両方のメモリに入ってるらしく。最終的には3人で暮らすことに(ヤバイ)。

④交通事故で娘を失いそうになった父親は、自分のメモリを娘に差し込んで、母親と暮らすように。その母親は。

⑤ 外部メモリに一切たよらないというコミュニティ。(『百年法)みたいだ)。そこを訪問した市役所職員は、廃れていくコミュニティを存続させるべく、自分のメモリを色々な人間に差し込んでいく。

⑥ 死んだ人間のメモリを受け入れ、一定時間死者をよみがえらせる『イタコ』という職。(スタートさせたのは⑤の人らしい)。離れたくない人がイタコの身体を乗っ取ってしまい。

⑦ 明かされる一つの真実。『私』とは誰なのか。

 

・オムニバスなので、ちょっとしんどい。おそらく連載していたからかもしれない。後半になって、各話がリンクし始めると面白い。

・ものすごく時間が飛ぶのが早く、また心理描写、情景描写が荒い。ページ数がもともと少なかったのかも。記憶が入れ替わるところなど、深く書くと面白いかと思うのだけど、面倒で難しいかもしれない。

 ・記憶が消えた原因は、ある国の疑似核反応。空間の相転移。短期記憶から長期記憶へ移る仕組みはまだよくわかっておらず、おそらく『空間の性質を利用した量子物理学的機構』だったのではと。

・メモリが交換になると、記憶が入れ替わったというより、体が入れ替わった感覚に近い。つまりぼーっとしていると、入れ替わったことに気づかない。そういうものかもしれない。

・メモリには厳重なコピー制限がかかっている。また死者のメモリを保存することは違法であり、イタコはもっと違法。

・最初から、完全にメモリのなかに人格・意識が入っている様子。つまり入れ替わったら、入れ替わる前から継続して(?)、意識が続く。さすがにそんな簡単なものではないような気がするが、どうなのだろう。メモリは『脳内の短期記憶の状態を観測し、それを圧縮して半導体メモリに記録させる。使用者が言葉や映像を想起すると、自動的に検索が行われ、関連する情報が復元され、脳内に送られる』らしい。

 それだけで意識や人格が移るのかはわからない。脳は入れ替わらないのだから、人格が変わったりはしないんじゃないだろうか。でも、脳がぜんぶ長期記憶のメモリを参照しまくっていれば、(しかも長期記憶タップリで)、0歳から今までの記憶が全部入っていれば、その人格になるのかもしれない。人格=記憶の積み重ね、とするなら。

 

・娘の中に入った父親のメモリ、だんだん娘を演じ続ける。

『「彩ならこのような場合、どのように行動するだろうか」と考えてから行動するのは骨が折れる。そこで、わたしは疑似的に彩の思考をシミュレーションすることにしたのだ。つまり、何かあったときにいちいち彩ならどうするかを考えるのではなく、常に心の中に彩を想定しておいて、どのような言動をするかを用意しておくのだ。

 そして、ある時、ふと気づくと、朝起きた時から布団に入るまで、全く智也としての思考は行わず、彩として考え、行動していた』

 このあたりが面白い。自分のアイデンティティが失われていく様子。けれど、もっとていねいに書いたら、こうなるのが当然のような気がする。もしくは混ざり合っていく。まあ、『演じてる』という意識がある限りは、混ざらないかもしれない。やっぱり『彩』と呼ばれて「自分じゃない」と思うし。そもそも35年間くらいの父親の記憶があったら、なかなかそうはいかない。

 

・手続き記憶や意味記憶は残っている。つまり自転車の運転などは忘れない。
 しかし、大人のメモリを子供に指しても、処理能力がへたくそらしく、あまり思考が回らない。つまりとても大きいHDDは持っているが、メモリやCPUが低能力ということ。

・外部メモリに頼らない集落。『百年法』っぽい。それでどうやって暮らしていくのかナゾだが、おもしろい。市役所職員が毎回説得に行くが、だんだん慣れてくる。失敗は何回もできるので、オールユー状態。

・記憶の残滓をまともにくらった人。再会した娘と父親の記憶。やはり記憶と感情は結び付いているのか。トグサの記憶をひっぱってきて興奮するバトーさん。

『精神とは過去の経験の集積によって形成される。たとえ同じ記憶を持っていたとしても、精神が違えば言動は同じではないのだ。ここに一つの無垢な脳があるとしよう。それにある人物の幼少期からの記憶を古いものから順に入力すれば、それは元の人物と似通った精神を宿すとは思わないか?』