まほうのことば

小説の新人賞などに応募しています。本の話や創作の反省。黒田なぎさ

プロジェクト・シャーロック(2017年日本SF傑作選)

・読むのに10日くらいかかった。正直、短編集は毎回、設定と登場人物を頭にインストールしないといけないのでしんどいのだけど、ノルマ化して通勤で毎日読む、というのには向いている。ただどうしても読めない作品はパスしたほうが良いかも。2017年に発表されたSF作品の傑作選。(森)は大森望氏選、それ以外は日下三蔵氏選。

 

・上田早夕里「ルーシィ、月、星、太陽」
 よかった。イルカ(?)のような主人公、じつは人類が遺した人工生命体。メトセラっぽくて好き。連作短編のはじまりのようなもの。なんというか、こういうSFがちゃんと商業に載っているのが嬉しい。旧人類がイルカにどんな処置を施したか。AIとの対話。

著者は小松左京賞でデビュー。『華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ』で2011年日本SF大賞受賞。最新長編『破滅の王』、最新短編集『夢みる葦笛』は大傑作らしい。

夢みる葦笛

夢みる葦笛

 

 ・円城塔「Shadow.net」(森)
 攻殻機動隊小説アンソロジーの中の一作。かっこよかった。何より驚いたのが、2節の冒頭、バトーとトグサが登場して物語がスタートするシーン。すごい密度のセリフの応酬で、かっこよかった。自分がふたりのイメージができてるからそう思うのかもしれないけど。もちろんCVは大塚明夫さんと山寺宏一さん。プロの小説って感じがしてゾクッとした。

◆2

 

「スパム」と助手席の男が訊ね、
「そ、娘の携帯にね」とハンドルを握った男が答えた。「最近多い」
 助手席の男の傍らに「バトー」、運転席の男には「トグサ」という表示が寄り添う。
「あるだろ、お子様向けのフィルタリングサービス」とバトーとマークされた男が言う。「軍事レベル」の攻撃を受けているわけでもないだろうと訊く。
「最近の防壁の更新頻度知ってるだろ」と応えるトグサに、バトーは窓の外に目を向けたまま、狭い車の中でなんとか肩をすくめてみせ、
「ああ、高度人工知能からのラブレターの話ね」
 トグサは「そ」、と短く応える。
「ただのお手紙プログラムだろ」とバトー。「自分が聞きたい話だけをきかせてくれる話し相手。別に人工知能じゃなくたっているぜ、そういう手合は。需要も高い」
「娘にはまだ、おべっか使いの人工知能と、自分を心配してくれている人間の区別はつかない」
「それを言ったら、俺たちにだってつかないぜ。去年の、虚偽110番通報の数知ってんのか」とバトー。「通報魔プログラムな。小説でも書いてりゃいいのに、自分勝手な設定で殺人事件なんかを手当たり次第に創作して通報してきやがる。厄介ごとの自動化が進む以上、処理も自動的に、ってな。本物の通報がフィルタにひっかかって問題になったろ」
「旧式の監視カメラからの警報が、『機械的』すぎるっていうんで、中継サーバにハネられて問題になったやつだろ」とトグサ。

 

・小川哲「最後の不良」(森)
 男性向けカルチャー・ライフスタイル誌に載ったという小説。すごい。おもしろいかどうかはわからないけど、ふだん小説?を読まない人向けなのだろうか。「流行」「文化」というもののひとつの答え。そして少しだけ未来の、起こりそうな未来。起こりそう、というのが大事なんだなあ。
 著書は『ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)』『ゲームの王国

我孫子武丸「プロジェクト:シャーロック」
 ありとあらゆる状況設定、人物設定、状況証拠をAIにかませれば、どんな事件でも解決してしまうのではないか。警察官がふとした気持ちでアップしたシステムが、全世界に広がっていく。やがて対抗するソフトが現れて……。なんというか、これぞSF!というもの。AIとミステリの愛称はいいらしいが、だれでも思いつきそうだけど、さらにひとひねりフタひねりあるのが良い。(森)
 著者は『かまいたちの夜』のシナリオ担当。本格ミステリデビュー。
・彩瀬まる「山の同窓会」
 ・女性が産卵する世界。それだけでなく、平均寿命が短く、食料は山と海からとるが、文化レベルは現代的。女性は出産のたびに老けたり金髪になったりし、3回出産するとほとんどが死に至る。男性はどんどん老けていく。おそらく99%の女性が出産に行うが、主人公の女性は一切出産しない市の職員。多くの同級生を看取るなか。(森)
 著者は女のためのR−18文学賞読者賞でデビュー。作品の収録本は『くちなし』。 

「与えられた命を、使い切らないで死ぬなんて恥ずかしい」
「誰とも交わらない生涯に何の意味があるの。あなたを産んだ母体がかわいそう。全体に貢献しない自分勝手な生き方は醜い。産めば産むほど、尊くなる。生命として、上等になる」

 「交尾も産卵も、ものすごく幸せなことなのに、それがわからないのは不幸だと思う」

(この友人は主人公を責めているわけではなく、なぜ自分がその枠から出られないのか?と困惑している)
 作者は何を何を言おうとしているか、考えない方が楽しいかもしれない。(何も言おうとしていない場合もある)

くちなし

くちなし

 

 ・伴名練「ホーリーアイアンメイデン」
女性からのお手紙型式。姉が人を抱擁すると、その人は性格がまるきりかわってしまう。

 著者は『少女禁区 (角川ホラー文庫)』で日本ホラー小説大賞短編部門を受賞。SF傑作選の常連。SF作品集の刊行が待たれる。

・松崎有理「惑星Xの憂鬱」
 惑星の枠から外れてしまった冥王星と、冥王星大好きの男の子の話。こんな方がいるんだなあ。
 著者は『あがり (創元SF文庫)』で第1回創元SF短編賞を受賞。
新井素子「階段落ち人生」(森)
・小田雅久仁「髪禍」(森)
 怪奇小説。人の「髪」をめぐっての話。黒髪は本当にこわいよね。金髪が怖くなるとかあるんだろうか。金髪が排水溝にたまっててもやはりきれいじゃないのだろうか。

・宮内悠介「ディレイ・エフェクト」(森)
 現代の東京に、戦時中の東京の風景が重なるように現れた謎の現象。親子3人の一家は、曾祖父母とともに暮らすことに。しかし向こうの声は聞こえるが、干渉はできない。すごかった。設定も面白いし、こういう夫婦関係のビリビリ感、好きなんだろうか。設定だけじゃなくてドラマが大事なのだなぁ。
 おもしろいと思ったら、この作品が著者2度めの芥川賞候補だった。ひええ。『ヨハネスブルグの天使たち』『彼女がエスパーだったころ 』最高でした。

加藤元浩「鉱区A-11」
 マンガ収録。たった1人で惑星に住んでいた宇宙飛行士が死亡。無数のAIたちがいたが、誰が殺したのか……。SFミステリのお手本。作者は『Q.E.D.証明終了』の方。ミステリでのマンガと小説両方で活躍。

 

・ほか

横田順彌「東京タワーの潜水夫」
眉村卓「逃亡老人」
八島游舷「天駆せよ法勝寺」(第9回創元SF短編賞受賞作)
酉島伝法「彗星狩り」(森)
筒井康隆「漸然山脈」
山尾悠子「親水性について」(森)

 

・2017年SFの注目作。

小川哲『ゲームの王国』 宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』『カブールの園

宮沢伊織『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル 』 樋口恭介『構造素子』

津久井五月『コルヌトピア』 赤野工作『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム

湯葉重力アルケミック (星海社FICTIONS)

伊藤計劃トリビュート2 (ハヤカワ文庫JA)

誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選 (ハヤカワ文庫 JA ノ 4-101)

巨神計画 上 〈巨神計画〉シリーズ (創元SF文庫)