まほうのことば

小説の新人賞などに応募しています。本の話や創作の反省。黒田なぎさ

ゲームの王国(下)

・疲労をひろう。

 

ゲームの王国 下

ゲームの王国 下

 

 ・日本SF大賞山本周五郎賞を受賞。

 

 

・上巻の舞台は、ポルポト政権下のカンボジア。(1970年代ごろ?)

・下巻の舞台は時間が飛んで、2020年のカンボジア。いっときの平穏を得たカンボジアだったが、相変わらず貧困と腐敗した政権が続き、政権奪還をめざすソリヤと、ゲーム開発に力を注ぐムイタックの話。下巻のテーマは【記憶】と【感情】。

・よくある上巻と下巻がつながっているのか、という話はよくわからない。上巻は、今からまさにポルポト政権が佳境を迎え、主人公ふたりがどうやって生き抜いていくか、と盛り上がるところで終わっていた。(実際にはあと少しでポルポト政権は終わっていた)。このまま史実通りにいってもあまりおもしろくない展開かもしれない。少なくとも、ソリヤが政権奪還をねらう話とかはできなかっただろう。もしも、を書くにはやはり近未来の話をするしかないかもしれない。ソリヤもムイタックも、政権に勝ちたくてしょうがなかったのだけど、史実を考えると何にも勝てていない。

 

・以下、気になるところ

・「そもそもビッグバンによって時間という概念が誕生したので、【ビッグバン以前】という言葉に意味がない」

・横領、賄賂があたりまえなので、補助金はさっぱり役に立たない。

・「やることが多すぎると、何もできなくなる。選択肢が多すぎると考えることが億劫になる」。社会インフラの大切さ。

・ソリヤと娘がうまくいってないのはちょっと笑える。

・議論で【わからない】と思って、イライラしてしまうのはよくないかもしれない。わからないのは自分が悪いのだろうか。それとも相手の説明が悪いのだろうか。【こちらがわかるように説明するのが当たり前で、自分がわからないのは相手の説明のせい】と考えてしまうのは、ひどく受け身だ。

・脳波?思念?でアクションを発生させるゲーム。いちばん性格な脳波やイメージは、過去の記憶で、強い魔法を打つためにはある記憶を呼び覚まさないといけない。が、それによって、自分の記憶が改変してしまう、というおそろしいゲーム。恐いのは、自分の記憶が変わってしまった、という自覚がないまま、改変された記憶を本当の記憶だと思いこむこと。これでひとつのストーリーが書けてしまう。登場人物の言っていることがあやふやになってくる。

・テレビ放送のナレーターとごっちゃになるシーン、すごい。(P.223)

・【人生】という名のカードゲーム。いまめくった数字が一番大きいのかどうか、奥にもっと大きい数字があるのかも? という不安と戦うゲーム。

もし答えが知りたければ、十九枚すべての紙をめくるまで、抵抗し続けなければいけない。そして、いざ答えを知ってしまえば、すでにその答えが自分の手の届かないところにあるのだと知り、心理という光とともに、深い絶望のなかに沈まなければならない

 ・警察官の最期が泣ける。

正しいことをしなさい。子供のころから、母に何度も言われてきた。今自分はきっと、正しいことをしている。教授を守って死んだ。何度も夢見た死に方だ。悪くない。葬式は盛大だろうか。

・脳波をキャッチすることにより、ある言葉を聞いて、何を連想したかをキャッチできる装置。この能力がほしい。見たそれをキャッチできる能力。ウフフ。

・WPの妄想インタビューがかなりやばい。

でもやっぱり、インタビューを受けるのって、人々の夢だと思うんですよ。飲み屋とか行けばわかると思いますけど、みんな自分の話をしたがってます。自分の話を聞いてほしいんですよ。実際は誰も聞いてないんですけど(笑)。でも、インタビューされれば、百パーセント自分の話ができますし、相手もそれをありがたく聞いてくれます。それってすごくないですか? 現実ではありえませんよ。ああ、ぼくも自分の話がしたいのかな。でも普段全然できなくて、だからこうやって妄想でインタビューを受けてるのかな。

 ・感情とは物語であり、小説である。